シャロンの涙が俺の服を濡らして大分時間がたった。 どれくらいシャロンは泣いていただろうか? 目が真っ赤に晴れ上がっている。 「大丈夫か?」 「う、うん……」 たくさん泣いたからか、シャロンは落ち着きを取り戻していた。 「……服……ごめんなさい」 「あ、ああ、いいよ別に」 シャツが濡れるくらい別にいい。元々濡れて……ってそういやなんで乾いてるんだっけ? 「シャロン、1つ聞きたいことがあるんだけど……」 「……?」 「お前が俺を見つけたとき、俺の服、濡れてなかったか?」 「それなら……」 言ってシャロンは自身の涙で濡れたところに指人差し指と中指を持っていく。すると、シャロンの指先が光輝き、俺のシャツの濡れた部分を光らせ始めた。 「こ、これは……!」 「……」 光っている部分がとても暖かい。 シャロンが指を離すと、光はすぐに消えうせた。 俺はシャツが光っていた部分に指を当てる。 「乾いてる……」 「零児を見つけたとき、濡れてた。体に悪いと思ったからこうやって服を乾かした……」 「そうか」 俺はまたシャロンの頭を撫でた。 「……!」 「ありがとうな。シャロン」 「う……」 シャロンの瞳にまた涙が溜まり始める。 「あ〜いちいち泣かない! もっと明るく行こうぜ!」 「う、うん……」 シャロンは袖で涙を拭い去った。 「よし、それじゃあ行こうか」 「どこへ?」 「まずは、この森を出たい。残念ながら俺はどう行けば森から出られるのかわからないから、シャロンに案内してもらうことになるだろう。出来るか?」 「……(コクン)」 「じゃあ、頼むぜ。シャロン」 「うん」 シャロンははっきり頷いて先行して森を歩き始める。俺はその後を追う形で森を脱出するために歩き始めた。 「なあ、シャロン」 「……なに?」 「こんなわざわざ歩きにくいところを歩かなくたっていいんじゃねえか?」 「……ダメ。おじ様に見つかる」 「いや、気持ちはわからなくもないんだけど」 さっきからシャロンが歩く道は平坦な道ではなく草がボーボーに伸び放題で獣道ですらないような道ばかりだ。しかもさっきからどうも上り坂を登っているようで足が痛い。シャロンは平気なんだろうか? 確かにノーヴァスに見つかりにくくするためにと言う意図は分からなくはないが、それにしたってもう少しマシな道があるはずだが。 「こんな所通ってちゃんと森の外に向かっているのか?」 「……信じてちゃんと森の外に向かってるから」 「……わかった」 道案内を頼んだ手前、やっぱりいいなんて今更言えないしな。 と、そんなことを思いながら進むこと数十分。 「あ……」 「どうした?」 「道が開けてる……」 「どれどれ……」 視界がほとんど塞がれた道を出て、俺とシャロンは整備された道の上に立つ。 「どこだここは……。昨日は来たことがないな」 「……」 上り坂を今まで登ってきたわけだから、バグナダイノスと戦った辺りの近くには着ているのだと思うけど……。 「まだ登れるな……」 どうやら俺達がいるところは坂の途中らしい。まだ道が続いている。 「昨日……」 「ん?」 「昨日、おじ様がすごく怒ってた。恐竜が殺されてたから」 「バグナダイノスか……」 「それかどうかはわからない……。だけど、その場所はここよりもっと上の方……」 「下に行けばどうなる?」 「さっきの湖のところ……」 「じゃあ、選択肢は一つだな」 俺がそういった途端、シャロンの表情が曇った。 「おじ様たちがいるかもしれない……」 「かもな……注意して進む必要がありそうだ」 昨日バグナダイノスと戦闘に入る前に館が見えた。シャロンもノーヴァスもそこに暮らしているのなら、ノーヴァスが近くにいる可能性は十分ある。 俺とシャロンはゆっくりと坂を上り始める。 登り始めたから数分経って川の音が聞こえてきた。川が近くにあるってことは昨日俺が吹っ飛ばされたバグナダイノスの住み家が近いってことなのか? この先に川があるのなら橋がかかっているはず。 歩けば歩くほどに川の音が近づいてくる。水の流れが大分激しい。滝の音に近いかもしれない。 しばらく歩いてそれは現れた。 巨大な橋。凄まじい勢いで流れる川。その川はまるで坂のようになっていて川下を見ると下のほうへ向かっているのがわかる。 間違いない。俺が流された川だ。 橋の大きさはかなりあり、馬車が乗れるくらいの広さがあった。人間が渡る分には問題なさそうだ。 「シャロン」 「……?」 俺はシャロンに左手を差し出す。 「手を繋いでいたほうがいい。この先にノーヴァスがいるかもしれないからな」 「…………」 シャロンは俺の手をマジマジと見つめる。そしておずおずと右手を差し出し、俺の左手の平に乗せた。 俺はその手を握り、橋を渡る。 橋を渡った途端、上り坂は消え去り、平坦な道になった。 そしてしばらく進むとあの場所にたどりついた。 俺と火乃木とネルの3人でバグナダイノスと戦ったあの場所へと。 大きな広場。そしてバグナダイノスの死体がそれを物語っている。 バグナダイノスの体は既に腐り始めており、明らかに死んでいることがよく分かる。 「流石にいつまでもここにはいないか……」 当たり前と言えば当たり前だが火乃木とネルはここにはいない。 すでに一晩経ってるのだから仕方がないが。 「シャロン。ノーヴァスは昨日2人の女を捕まえたりはしていなかったか?」 「……(フルフル)」 シャロンは首を横に振る。 「私は知らない。おじ様が恐竜が殺されて怒っていたことしか。誰かを捕まえたとか、そういう話は聞いていない」 「そうか」 なら、この森のどこかにいる可能性はまだ残されているな。 「シャロン。道案内ありがとう。ここからは俺一人でも森の外へ行けるから、道案内はもういいぞ」 「……そう?」 「ああ、一緒にいるってことはかわらないけどな」 そう聞いてシャロンの表情が晴れる。 シャロンのことを用済み扱いするつもりはないが、きちんと言っておかないとそう思われるかもしれないからな。 俺とシャロンは以前火乃木と共にここに登ってきた道を下る。 昨日火乃木と一緒に昼飯を食ったところにまだ狼の肉が残っているかもしれないからだ。 狼の肉が減っていたら火乃木とネルはそこに行ったことになる。 確実に会える保障はないが、行く価値はあるだろう。 ノーヴァスに捕まっているという可能性を考えないわけでもなかったが、今はあんまりマイナスなことを考えたくはない。 俺とシャロンは広い広場から再び歩き出す。 目的地は火乃木と俺が狼の肉で食事を行ったところだ。 今度は下りるほうだから、楽と言っちゃあ楽だ。 昨日歩いたときは1時間くらいでここまで来たはずだが、下り坂ともなればもっと時間の短縮ができるはず。 シャロンの手を握りながらあまり速すぎず、さりとてゆっくりしすぎるでもなく坂を軽快に下っていく。 そうして歩くこと数十分。 「ここだ……」 俺はそうつぶやいた。 火乃木と一緒に食事をしたところ。注目するべきは焚き火の跡が残っていることだ。 どうやら誰かがここで火を起こして焚き火をしたんだろう。狼の肉も残っておらず、骨だけが残っている。しかも焚き火の跡からはまだ火種が少しだけ残っていて煙を上げている。 火乃木とネルはここに来たのか? その可能性は十分にある。 俺は大きな声で火乃木とネルの名を叫ぶことにした。 「火乃木ー! ネルー!」 俺の声が森にこだまする。 その途端シャロンが慌てて俺を制止する。 「零児!」 「ん?」 「おじ様が……来るかもしれない」 「むぅ……」 確かに俺の声を聞きつけてノーヴァスがやってくる可能性はある。 だが、それだったら火乃木の方が聞こえている可能性だってある。 今の俺の声だけで火乃木の耳に届いてくれればいいんだが……。 とりあえず不用意に声を荒げるのはよしたほうがよさそうだ。 「シャロン。疲れてないか?」 「ちょっと……」 「じゃあ、ここで少し休憩していこう。俺の仲間もここに戻ってくるかもしれないしな」 「仲間?」 「ああ、一緒に旅をしている女の子と、格闘家の女がな。この焚き火は多分、その2人が使ったものである可能性がある。だから少しここで待ってみようと思うんだ」 「わかった」 俺とシャロンは焚き火の跡を囲んで少し待つことにした。 「零児……」 「なんだ?」 「零児の仲間って……どんな人たちなの?」 「興味あるのか?」 「私……外の世界のことあんまり知らないから。どんな人たちがいるのかなって思って」 なるほどね。自分の知らないことを知りたいと言うわけか。 そういうことなら喜んで話そうじゃないか。 「まずは俺と一緒に旅をしている白銀火乃木《しろがねひのき》って奴についてだが……」 それからしばらくして。 俺はシャロンに火乃木とネルについて話した。 退屈させないように話したその後、俺とシャロンは空気の暖かさに負けて仮眠を取ることにした。 太陽は大分高く上っている。何時かは分からないが多分昼前だろう。 シャロンは木によりかかって軽く寝息を立てている。 「む……」 俺はと言うとなるべく周囲の警戒を怠らないようにと少しだけ眠っては目を覚ましてを繰り返していた。 そういや腹減ったな……。 「ふ、あああああ〜……」 体を大きく伸ばして眠気を飛ばす。シャロンはいまだに寝息を立てている。可愛いものだ。 「!」 ……殺気を感じる。 明らかにこちらに対して向けられた殺意を感じる。 だが、それがどこから発せられているのかはわからない。 俺は立ち上がって周囲を警戒する。しかし、シャロンからは決して目を離さないようにする。 何者だ……。誰がこんな殺気を放っている。 「……!」 俺が色々考えをめぐらせていると、シャロンが目を覚ました。 「零児……!」 「シャロン! 目が覚めたか」 「嫌な感じがする……」 殺気のことを言ってるのか? シャロンは立ち上がり、俺と同様に警戒する。 「ウォオオオオオオ!!」 その瞬間、咆哮を上げながら頭上から何かが飛び降りてきた。そいつは地面に着地しゆっくりと立ち上がる。 全身赤色透明で、大きな体格の男。一応目や鼻などの人間の顔を構成するパーツは揃っているが、のっぺらぼうのようにのっぺりとしていて人間の顔として整っていない。 何よりそいつの体は人間のそれとは違いまるでスライムのように見える。 「こ、コイツは……」 大きな体格の男はシャロンの姿を認めると大きな右手でシャロンの体を掴んだ。 「う……!」 大男の右手にがっちり捕まれ、シャロンは抵抗できない。 俺は跳躍と同時に右手をあげ、両手剣トゥ・ハンド・ソードを生み出し、同時にその男の右腕目掛けて振り下ろした。 「フンッ!」 男の腕ごとシャロンは地面に倒れる。シャロンの体を掴んでいた腕はそのままただのスライムと化す。 「大丈夫かシャロン!」 「う、うん……」 俺はシャロンの前に立ちはだかり、大男を睨みつける。 『ハーッ、ハーッ、ハーッ……!!』 大男の腕の切断面には骨も肉も入っていない。恐らくコイツは自分の体を自在に変化させることが出来るのだろう。 ……エルマ神殿に現れた大男と同じように。 コイツの腕を切った感触、間違いなくあの時と同じだった。 『ジャ、ジャマ、スルナッ……!!』 言葉を話した!? エルマ神殿に現れた奴も言葉のようなものを話していたがそれでもここまではっきりと言葉を発していただろうか? 『オマエカラ、コロズ!』 大男は切られた右腕を再生し、俺を睨みつける。 「やろうってのか……。なら相手に……」 なってやるぜ。そう言おうとした瞬間、シャロンが俺の背中から出てきた。 「シャロン!?」 「私にまかせて」 言ってシャロンは口をあける。そして喉の辺りが一瞬光ったと思った瞬間、大男の体に大きな穴が開いた。 焦げ臭いニオイが鼻を突く。シャロンが口からレーザーブレスを放ったのだ。放たれたレーザーブレスは一瞬で背後の木もろとも大男の肉体を突き破り、閃光が俺の目に焼きつく。 大男の体は右半身のほとんどを吹き飛ばし、再生したばかりの右手までも吹き飛ばしていた。 『ウ、ッグゥゥゥゥゥゥ……!』 おいおいなんて破壊力だ……。人間が食らったら間違いなく即死だぞ……。 シャロンは額に脂汗を浮かべつつ、肩で息をしている。疲れるのも当然だ。あれだけの力を一度に生み出すにはシャロンの体では小さすぎる。 『グゥゥゥゥゥゥ、オレノカラダガ、ガ、ガガガガガガガガ!!』 大男は突然奇声を上げ始め、自らの肉体を大きく変化させ始める。 「零児!」 「!!」 「アイツの体のどこかに、弱点がある。それを……!」 「あ、ああ……」 グニグニと体の形状を変化させ、大男はその姿を四速歩行の獣へと姿を変えた。 それはトラだった。全身赤いトラだ。 『ガアアアアアアアアアアア!!』 獣特有の咆哮を上げ、赤いトラは俺に向かって突進してきた。 俺はその赤いトラの顔面目掛けて、右腕から剣を生み出した。同時に突進をかわしつつ、トラの顔面に突き刺した。 俺が生み出した刃はトラの顔面を突き破り胴体を串刺しにした。 「散《サン》ッ!」 俺の声と同時に突き刺さった刃と一緒に赤いトラの肉体がはじけ跳ぶ。俺の魔力で生み出した刃が奴の体の内側で爆発したのだ。 そして俺は見つけた。 恐らくコイツの弱点となる薄紫色の芋虫。 俺は再び剣を右手から生み出し、その本体を突き刺した。 芋虫は俺の剣の串刺しになりながらも逃れようとしているのか、ビクビクとその胴を痙攣《けいれん》させ力尽きた。 「ハァ……ハァ……」 シャロンが肩で息をしている。俺はシャロンのそばへと駆け寄り、倒れそうなシャロンの体を支える。 「大丈夫か?」 「うん……ちょっと疲れただけだから……」 「そうか……」 「零児……少し、寝てもいい?」 「ああ」 疲れたせいか、シャロンは目を閉じ、即座に寝息を立て始めた。 シャロンが何者かは関係ない……が。 今の力……彼女を魔術師と定義した場合、明らかにオーバーSクラスの魔術だ。強すぎる。これほどの力を持つ魔術師を魔術師ギルドはほおってはおくまい。 人前でこの力をあまり使わせないようにしないとな……。 同時に……。彼女が何者なのか、俺自身気になってきた。 これほどの力を持つ少女がただの人間のわけがない。いや、昨日俺に見せた様々な現象。濡れた服を即座に乾かす力、魔術師の杖もないのに使って見せたライト・ボールの光。 機会があれば知りたいものだ。 ん? 俺は自分が今いる場所に出来た影を不振に思った。俺自身の影ではない。もっと大きな、俺よりも大きな何かの影……。 俺は気配を感じて振り向こうとした。 その瞬間俺は背後に現れた何者かの攻撃で頭を強打しその場に倒れた。 |
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